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東京高等裁判所 昭和42年(う)1598号 判決 1967年12月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある約束手形一通(東京高等裁判所昭和四二年押第五二五号の五)中の偽造部分はこれを没収する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

一、控訴趣意第一点について。

論旨は、要するに、原判決は本件有価証券偽造、同行使、詐欺未遂の事実につき被告人と認定した。しかし、(一)(論旨Ⅱ)、本件の偽造約束手形のペン書き部分その他の各筆蹟について、鑑定人遠藤恒儀、同伊木寿一作成の各鑑定書は一部結論を異にし、一部事実に反するところがあつて、右のような鑑定資料をもつて、原判示のように被告人が本件約束手形の諸要件をペン書きにし、更に、裏書欄にもペン書きしたとは認定できない。また、(二)(論旨Ⅰ)、被告人が東都開発株式会社取締役社長印を所持していた証拠はなく、しかも、本件の約束手形の裏書欄に押捺された印鑑が被告人において先に関係したことのある東都開発株式会社の印鑑であるか否かも不明なのであるから、原判示のように被告人がかねがね所持していた印鑑を右裏書欄に押捺したとは認定し得ない。更に、(三)(論旨Ⅲ)、被告人が昭和三九年九月四日午後野口清光方に行つたことは明らかであつて、その時刻も午後二時頃であつた蓋然性が大きいのであるから、それらの点の具体的な事実関係を明らかにしないで、証明力の弱い目撃証人や信用性の薄い鑑定書のみによつて、原判示のように被告人が右日時頃埼玉銀行三鷹支店に行つたと認定することはできない。なお、(四)(論旨Ⅳ)、被告人は九月四日午後野口方に行つて有限会社武蔵野給油所の銀行関係のメモを作成し、同月七日午前埼玉銀行三鷹支店に電話をかけ、右メモに基いて右会社の預金状況の照合をし、それによつて本件の約束手形は現金化できないことを知つたものと認められるから、同日午後同銀行に行つて本件の約束手形の現金化を求める筈がないことその他いろいろの事情を総合すると、本件は被告人の犯行ではない。以上、被告人を本件各犯罪につき有罪と認定した原判決には、審理不尽による理由不備ないし事実誤認の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。

よつて記録を調査して案ずるに、原判決挙示の証拠によると被告人が原判決摘示のとおり有価証券偽造、同行使、詐欺未遂の各犯行に及んだ事実を肯認するに十分である。所論はこれを全面的に否認し、先ず、被告人が本件約束手形用紙に所要事項をペン書きし、裏書欄にもペン書きした点を争う。なる程、鑑定人遠藤恒儀作成の鑑定書によると、本件約束手形の名宛人欄の記載は、同約束手形のその余の欄の記載と異り、結局被告人の筆蹟ではないとし、鑑定人伊木寿一の鑑定書によると、右の各記載はいずれも同一筆蹟であつて、結局被告人の筆蹟であるとして、一部結論を異にし、また、右両鑑定書は、いずれも、原判示埼玉銀行三鷹支店に普通預金口座を新設するために用いた印鑑届中、口座番号欄の算用数字の記載は住所欄及び氏名欄の記載、結局は被告人の筆蹟と同一であるとしているが、右の算用数字は右支店窓口係の初見郁子が記入したものと窺われることは所論のとおりである。しかし、右のとおり、右両鑑定書は、本件約束手形の振出部分と裏書部分のペン書きの極めて一部の点を除きいずれも一致して被告人の筆蹟であるとし、更に、警視庁技術吏員鳩山茂作成の鑑定結果報告についてと題する面も、本件約束手形の裏書欄のペン書きの部分は結局被告人の筆蹟であるとしていることを考えると、以上の各鑑定は基本的にはいずれも十分信を措くに足るものであつて、これらの証拠により被告人が本件の約束手形用紙に所要事項をペン書きし、更に裏書欄にもペン書きしたものであることが認められ、右のことは原判決挙示の証拠によつて窺われる諸情況にも合致し、これに疑いを容れる余地はない。次に、所論は本件約束手形の裏書欄に押捺してある印鑑を被告人が所持していた証拠はない旨強調するが、原判決挙示の証拠によると、被告人が原判示日時頃、原判示場所において、本件の約束手形の裏書欄に、原判示のとおり「三鷹市深大寺四〇四番地東都開発株式会社代表取締役矢野栄」と虚偽の名称をペン書きしたうえ、その名下に「東都開発株式会社取締役社長印」と刻した印鑑を押捺したものであることが肯認されるのであつて、右の会社名は被告人が先に昭和三四年頃未登記の儘使用したことがあり、従つて、右の印鑑は被告人がその当時から所持していたものを本件において使用したものと推認し得られないこともなく、いずれにしても被告人以外の第三者の所持する印鑑が押捺されたという証拠は存しない。次に、所論は昭和三九年九月四日午後二時頃被告人は野口清光方に行つていて、原判示のように埼玉銀行三鷹支店に行つていない旨抗争するが、原判決挙示の証拠、なかんずく証人船渡勝太郎、同初見郁子の原審公判における各供述、前記鑑定人遠藤恒儀、同伊木寿一作成の各鑑定書によると、被告人は、右日時頃に右支店に行き、一〇〇〇円をもつて東都開発株式会社代表取締役矢野栄名義の普通預金口座を新設し、本件の約束手形金をその口座に預け入れようとしたことが認められ、右の各証言及び鑑定書は信用するに足り、これに疑いを挾むべき理由はない。尤も、所論のように被告人は右同日午後野口方に行つたことが窺われないこともないが、それが午後二時頃であつたと断定するに足る証拠はなく、野口方は武蔵野市に、埼玉銀行三鷹支店は三鷹市にあつて、両者は近距離のところにあり、しかも、被告人は当時自ら自動車を運転して行動していたことが認められるから、論旨に挙げる点を審究するまでもなく、被告人が同日午後野口方に行つたとの事実をもつて前認定を左右することはできない。次に、所論はいくつかの理由を挙げて本件は被告人の犯行ではないというが、それらは或いは事実に反し、或いは真実であるとしても本件が被告人の犯行であることを覆すに足りるものではない。即ち、原判示の昭和三九年九月四日午前一一時頃、被告人は原判示有限会社武蔵野給油所代表取締役野口清光から、同会社の多摩商工信用組合に対する借入金の支払方法として約束手形を振出すため、原判示のゴム印社印、代表取締役印を預つたことが肯認され、その日時は所論のような同年八月二八日でないことが明らかであり、また、本件が被告人以外の第三者によつてなされた疑いは全くなく、右の印鑑等を使用する関係上最も可能性のある右会社経理係須賀千恵子にも疑いをかける余地はない。更に、所論の被告人は昭和三九年九月四日午後野口清光方で前記会社の銀行関係メモを作成したこと、同月七日午前に埼玉銀行三鷹支店に電話をかけ、右のメモに基いて前記会社の預金状況の照合をしたことが窺われないこともないが、未だこれを肯定するに足るまでの証左がなく、右事実は俄かに断定し難く、従つてまた所論のように被告人が同月七日午前右の預金口座には交換未済の預金が含まれていて、本件の約束手形を現金化し得るまでに至つていなかつたことを知つていたとは断定し難く、よしんばそうでなかつたとしても、その日は本件約束手形の支払のための呈示の最終日であり、かつ、右の預金口座は交換が済めば本件約束手形金額を支払うことができるようになるのであるから、被告人が右支店に対し右預金口座からの支払が可能になつた際には本件の約束手形金を原判示東都開発株式会社の預金口座に入金するよう依頼することは何ら不合理なことではなく、現に右支店に対し右のことを依頼して本件の約束手形を預けているのであり、従つて、被告人が同月七日午後右支店に行つたということはその日の午前前記の照合をしたことと矛盾するものではない。なお、論旨に挙げるその他の諸点は、いずれも本件が被告人の犯行であることを左右するに足りない。以上の認定に反する被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、原審公判における供述は措信できず、本件の各犯罪が被告人によつて敢行されたことを否定するに足る証拠はない。してみると、原判決の事実認定は正当であつて所論のような審理不尽、理由不備、事実誤認のかどはない。論旨はすべて理由がない。<後略>(松本勝夫 石渡吉夫 楠賢二)

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